2009年02月24日

なにもせぬ「間」

先日、たまたま手に取った本をパラパラとめくっているうちに
次の文章に目が留まりました

 われわれは、近代都市という狂ったような喧騒の真っ只中で日夜すごしています。しかし、時としてそうした喧騒を突き放した沈黙に出っくわすことがあります。
 この間青山の稽古場に、ある出版社の頼みによって四、五人の編集者と写真家が訪れました。彼等が私に家に所蔵している有名な能面の写真を撮るためで、いつものごとく写真家は長い時間かかって機械をセットし、能面を置いて、ためつすがめつピントを合わせにかかったのです。そのとき、誰かの小さな、しかし鋭い叫び声が聞こえ、何人かの視線がさっと能面に集中したときには、すでに面は真っ二つに破れて、無慚な木片として床にころがっていました。その瞬間、世界中の音が停止してしまったような、真っ黒い沈黙が部屋中に流れ込んで、人々は金縛りにかかった如く動くこともできず、突っ立っていました。それは一秒でもあり数時間とも思える洞穴に落ち込んだみたいな空間でした。
 こうした沈黙のもっている恐怖は、いまさら考えるまでもなく、広大な宇宙が突然覆いかぶさるように、われわれの上にのしかかってくることがあります。死を取り囲む沈黙、また一方には生まれ出ためのはげしい沈黙もあるでしょう。
(観世寿夫 「充実した沈黙」より)

このようなときの沈黙は
その時が永遠に続くような気さえします

この話の語り手は能楽の方だから
その後の話は能の中での間の話になっていきます
謡うということも動くということも
人間存在を実証するための
沈黙との対決というふうに捉えています

また、「道成寺」のように
沈黙の時間が長く続く能もあります

しかし、私はここで音楽のことを考えます
音楽の中で
漆黒の闇のような沈黙の表現とはあるのだろうか

音楽は時間の流れの中で成り立っているから
休符のときのように音の無いときも
一定のリズムの中で管理されている
だから、無音も沈黙にはならないし
対外の場合は瞬間に処理されます

それに対して、一小節ぐらいを全ての楽器が休む
総休止があります
これも、その音楽を知っていれば次の展開がわかるので
そんなに慌てる事は無いのですが
ただ、曲によってはたとえ次がどうなるか判っていても
その休止の間、極度に緊張することがあります

シューベルトの交響曲第9(8)番の第二楽章
ゆっくりとした楽章ですが
その途中緊張感をはらみながら盛り上がっていきます
そして全ての楽器による叫び
それを断ち切るような、決然とした弦の一音
そして総休止 -沈黙-

このとき、一小節と一拍の休止が指定されています
5秒ぐらいでしょうか

この後、弦のピチカートで曲が生き返ることも
それに続く花園のような美しい場面も知っています
しかしそれ故に、かも知れませんが
その前の物凄い音の後に来る総休止が
私には深い奈落の底のような沈黙に感じられるのです
それだけに、後に続く場面が新しい生命の誕生に様に響くのです

このような場面
ほかにはブルックナーの交響曲第9番第三楽章の終盤にもあります
ただこの曲の場合、沈黙の後に来るのは諦観のようです
それは夕映えの美しさでしょうか

もう一つ、二年ほど前に実演で聴いた
マーラーの交響曲第9番
(エリアフ・インバル指揮 フィルハーモニア管弦楽団)
第四楽章はゆっくりした曲ながら
感情の起伏が曲の流れに大きなうねりを与えています
そのうねりも鎮められ
弦と若干の木管により弱音で途切れ途切れに曲は進みます
そして、低弦が最弱音でうごめく様に音を出し終えたとき
長い休止
直前の音の残響は無く、まだ曲は終わっていない
指揮者もオーケストラの面々も微動だにせず
客席からも咳払いひとつ出来ないような極度の緊張
(恐らく、音一つしただけでその場の雰囲気がぶち壊しになる)
2000名のホールに覆いかぶさった異様な「沈黙」
数秒のことだったと思いますが
このときの「沈黙」こそ永遠に続くようにさえ思えました
「耐えられないから早く次の音を出してくれ」とさえ思ったとき
指揮者はバイオリンにほんの小さな身振りを送りました
これも最弱音のバイオリンの音は
「沈黙」からの開放を意味していましたが
新しい命が芽吹くこともなく
やがて、マーラーの楽譜での指示通り
「死に絶えるように」曲は終わっていきます

指揮者、オーケストラ、そして聴衆
三者全てが「なにもせぬ」事により生まれた
音楽の中にあって、音からも、リズムからも隔絶された
その場の空気の重ささえ感じさせる
沈黙の「間」の表現
忘れられない体験の一つです

たぶん、いろいろな意味で
この「沈黙」をCDで再現することは出来ないでしょう
どのような名演CDよりも
実演でのみ体験できることのようです

タグ :音楽



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Posted by 旅人 at 01:46│Comments(0)音楽
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